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2008年7月号 21世紀を生きるための新しい価値観1回 「サステナビリティ」環境ジャーナリスト/生態学史研究者門脇仁さん

この10年ほどの間に注目されるようになった新しい価値観やライフスタイルを取り上げ、その分野の専門家に解説していただく新シリーズ「21世紀を生きるための新しい価値観」。第1回目のテーマは「サステナビリティ」です。この言葉の定義や、「サステナブルな生き方」の実践方法などを環境ジャーナリストの門脇仁さんに伺いました。

人類の発展を持続させるために

まずは、「サステナビリティ」という言葉の定義について教えていただけますか。

門脇  サステナビリティは、日本語では「持続可能性」と訳されます。この言葉が公式の文書に初めて登場したのは、1980年のことです。国際自然保護連合と国連環境計画がまとめた「世界保全戦略」という報告書に、「サステナブル・ディベロップメント(持続可能な開発)」という言葉が登場しました。しかし、この言葉にはっきりした定義が与えられたのは87年になってからです。国連に設置された「環境と開発に関する世界委員会」が発表した「われら共有の未来」という報告書に、サステナビリティとは「将来世代のニーズを満たす可能性を損なうことなく、現在世代のニーズを満たす発展」であると記されました。サステナビリティという言葉の定義としては、これがいちばん明確なものだと思います。

私たちの子供や孫の世代のことを考えながら開発や生産を行うということですね。
しかし、「持続可能性」という言い方は、今ひとつわかりにくいところがあります。持続させるべきものとは、いったい何なのですか?

門脇  人間の「ディベロップ」であり、それを支える資源や環境です。ディベロップメントは、一般に「開発」と訳されることが多いのですが、人間社会や企業活動、あるいは個人の生活を念頭に置けば「発展」と訳した方がわかりやすいと私は考えています。

  20世紀型の発展のあり方、つまり、資源を大量に使い、ものを大量に生産し、大量に消費し、大量に廃棄するというスタイルでは、「将来世代の発展ニーズ」を損なうことになります。私たちの子供や孫の世代になって、資源が枯渇し、環境が破壊されてしまっていては、彼らが発展することはできなくなる。つまり、人類の発展が持続できなくなるわけです。では、持続するために何をしたらいいか。それを考え、実行するのがサステナビリティへの取り組みということになります。

近年では、企業が「サステナブルな(持続可能な)発展」と言うことも多いですね。

門脇  企業にとってのサステナビリティが注目されるようになったのは、2000年代に入って、企業の社会的責任ということが言われるようになってからです。企業は経済的利潤の追求だけではなく、環境に関する側面、社会的側面に関して役割を果たさなければ、ビジネスを継続していくことはできない。現在では、そういう考え方が主流になってきています。

社会や環境あってのビジネス、ということですね。

キーワードは「調整」や「対話」

サステナビリティへの取り組みによって、私たちの生活や社会はどう変わるのですか?

門脇  今後は、「エコシステム」という考え方を中心にして社会がつくられていくことになると思います。環境や資源を維持できない20世紀のスタイルから脱却し、循環型で低負荷型のシステムと、それを支える健全な経済発展を社会全体が志向することになるでしょう。都市では、省エネ、省資源、公共交通を活用したコンパクトなライフスタイルなどが求められるようになり、地方では、農業や漁業に基盤を置く生活が見直されていくことになると思います。

  私は、これからの世の中で大切なのは「調整」や「対話」だと考えています。サステナビリティとは、環境と経済という本来両立しにくいものを両立させる発想です。両立しにくいものを両立させるには、「調整」や「対話」がどうしても必要になります。経済的な要請と環境負荷とのバランスを取り、様々な利害関係をもった人同士が対話をする中で、どこにもムダやしわ寄せのない共生社会を持続させていく。そういう思考がこれからは求められていくのではないでしょうか。

「エコシステム」という言葉が出ましたが、エコロジーへの取り組みとサステナビリティへの取り組みはどう違うのですか?

門脇  エコロジーへの取り組みは環境保全を中心としたものですが、サステナビリティについて考える場合は「保全」と「発展」の両立を念頭に置かなければなりません。健全に利益を追求し、バランスのよい経済的成長を続けながら、環境や資源の濫用を防ぐというのがサステナビリティの考え方です。

 たんに限りある資源を有効に使うだけではなく、新しいアイデアや技術革新によって、できる限り環境に負荷を与えずに利益を上げる仕組みをつくるのが、「サステナブルな社会」のあり方です。例えば、太陽光発電や地熱発電といった新しいエネルギー生産の仕組みを開発したり、廃棄物の処理をより効率的にして循環型社会をつくっていく。さらに、そういったアイデアや技術革新が利潤にも結びつく。サステナブルな社会は、そういうかたちで形成されつつあります。

サステナブルなライフスタイルとは?

門脇さんがこの分野に関心をもったきっかけは何でしたか?

門脇  私は、小学生の頃、埼玉県の富士見市に住んでいました。当時は公害訴訟が盛んに行われていて、テレビでは公害病訴訟のニュースがよく報道されていました。しかし、それは遠い場所で起きていることで、自分が暮らす富士見市には関係のないことだと思っていました。

 ところがある時、学校の先生から「富士見市は、光化学スモッグ警報と注意報の年間発令数が日本一だ」と聞いて驚愕したわけです。そう言えば、毎日のように警報や注意報が発令されているし、学校から家までの30分ほどの道程で、胸が苦しくなったり、頭が痛くなったりすることがよくあると気づきました。

 しかし、富士見市内に大きな工業地帯があるわけではありません。なぜ、富士見市で光化学スモッグなのか。京浜工業地帯と京葉工業地帯の両方から吹いてくる風が、ちょうど富士見市でぶつかり合う──それが理由だったのです。現在では、それが越境汚染と呼ばれるものであったことがわかりますが、当時は「まったく繋がりがないように見えるものが実は繋がっていた」という事実に大いに驚かされました。あの出来事から、世の中の成り立ちは、大局的に、全体的なシステムとして見なければならないということを学んだような気がします。

 サステナビリティとは、空間的に見れば、自分が生きている国や地域とそれ以外の場所との繋がりを考えることですし、時間的に見れば、自分の世代と将来の世代の繋がりを考えることです。「繋がり」「全体」「システム」──そういったことを考えるのがサステナビリティへの取り組みなのだとすれば、私の原体験のひとつは、まさしくあの富士見市の越境汚染にあったわけです。もちろん、いまの同市にかつてのような汚染はありません。

一人ひとりが「サステナブルな生き方」をするためのアドバイスをいただけますでしょうか。

門脇  個人的な実践では、やはりどうやってエコロジカルなライフスタイルを実現するかということになると思います。省エネ、省資源、低炭素が基本ですが、それ以外にも、いわば「もたない暮らし」を私は心がけています。例えば、車を使わずに公共交通を利用する、あるいは、お金を「もの」ではなく「こと」に使うといったことです。「こと」とはすなわち経験のことで、物質的な豊かさよりも、人との出会いや交流を大切にする。それがこれからの新しいライフスタイルになっていくと私は考えています。

 大切なのは、きちんと持続している未来社会のビジョンをもつことでしょう。そのうえで決して無理をせず、「してはいけない」ことよりも「したい」ことでそのビジョンに貢献できる方法を考える。それは環境や資源に直接関わることにかぎらず、様々な価値観をもつ人々と共生していく習慣であってもいい。そうした個人の「知」が社会全体のビジョンと調和することで、サステナビリティは実現に向かうと思います。

門脇仁(かどわき・ひとし)


1961年生まれ。慶應義塾大学卒業後、慶應義塾大学出版会、国際開発ジャーナル社を経てフランスに留学する。森林生態系の日仏比較研究で、パリ第8大学大学院応用人間生態学科上級研究課程を修了。帰国後、地球・人間環境フォーラム主任研究員、国際環境自治体協議会アジア太平洋事務局次長を経て、ジャーナリストとして独立する。著書に『環境問題の基本がわかる本』(秀和システム)、訳書に『エコロジーの歴史』(緑風出版)などがある。


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